「しくみをみよう」構造目線

創作物語

空の王子さま(寓話 13000字)

はじめに

あることに ふと気がつけば 面白い

ものをつくるために、構造のことを考える
建築をつくるために、構造について考える
デザインのために「ものがある」を考える
何かを考えるきっかけになるかもしれない

いや、ならないかもしれない?

そもそも何もないのかもしれない?ものがたり

ある日曜の午後の出会い

その少年に初めて出会ったのは、
ある日曜日に
この広場のこのベンチに腰かけて
ぼんやり空を眺めながらドーナツをかじっていたときだった。

砂糖がこぼれ落ちないように
口を広げた白い紙袋で受けながらドーナツをかじって
ちょうど半分ぐらいになったときだった。

真正面にある2本の木の間が乳白色に輝き
扉が開いたように見えた次の瞬間、
そこに少年は立っていた。

空からきたのか
何もないところに突然現れた。

「穴の味はどうだった?」

目の前に現れたばかりの彼は、
何のあいさつもなしに、そう尋ねた。
えっと聞き返す間もなく
「ドーナツの穴は、おいしかったかい?」
そう尋ねる声が、はっきりと聞こえた。

「ドーナツを食べてたけど、穴は食べてないよ。」
そう答えると
彼は半分残っていたドーナツを指差しながら
「でも、穴はなくなっているよね?」と
何だか少し得意げにも思えるような笑みを浮かべながら
念押ししてきた。

そこから先は、
引き込まれるように
しばらく、
ドーナツの穴についての訳の分からない話を聞くうちに
いつのまにか空も夕暮れどきを告げる色に変わっていた。

「明日も会おうよ。」
少年は、真正面にある2本の木の間へと向かっていった。

ちょうど木の間にたどり着いた時、
乳白色の光が彼を包み込んで
消えた。

彼はどこから来たのか?
どこへ行ったのか?
なんとなく聞いた気がするドーナツの穴の話
どんな話だったろうか?
どうにも話の中身が詳しくは思い出せない。
目を閉じて、頭を少し振ったりしてみたけど思い出せなかった。

彼は誰なんだろう。
そういえば名前を聞いたような
聞かなかったような
思い出せそうで思い出せない。

空から来て
また空に帰って行ったのかもしれない彼
その雰囲気からして、
この近所の子供ではなさそうな別世界からの訪問者に思える彼
なんとなく彼が
「空の王子さま」だと自己紹介したような気がしてきた。

そういえば何となく
着ている服が王子さまっぽかったし
話しぶりがちょっと偉そうだったことも思い起こせた。

何とか思い出そうと頑張っていると

「空」

その漢字の一文字がはっきりと頭の中で浮かび上がってきた。
そう、彼は、「空の王子さま」だったんだ。
彼とのやり取りを少し思い出せたような気もしたけれど
木々の間にも
夕焼け色に包まれた広場の中のどこにも
彼の姿を見つけることはできなかった。

月曜日 大きさが違えば違うこと

昨日と同じぐらいの時間に
同じ広場のベンチに座っていた。

期待していたとおり
予想どおりの形で
2本の木の間が乳白色に輝き
そこから王子さまが現れた。

昨日と違った点は、
王子さまの手のひらに
真っ白い箱があったことだった。

「大きいものと小さいものの違いがわかるかい?」

近づいてきた王子さまは
そう尋ねてきた。
よく見ると
腰掛けているベンチの数十歩先の花壇の中にも同じ形の真っ白い箱があった。
花壇の中の箱は、
ちょうど腰掛けるのに良さそうな椅子ぐらいの大きさで
彼の手のひらのものよりもずいぶんと大きい。

「この箱とあの箱の違いがわかるかい?」

王子さまのその質問に
正直に思ったままの印象を伝えた。

「色も形も同じだけれど、大きさが違うね。花壇の中にある箱の方がかなり大きいよ。」

どちらも真っ白な立方体であることに変わりはなかった。
王子さまは、すぐさま訳の分からない質問を重ねてきた。

「大きさが違うと何が違うと思う?」

どんな答えを求めているのか察することもできなくて

「大きさが違うんだから、大きさが違うに決まっているよ。」と投げやりに答えた。

その答えに対して
王子さまの表情からは、
少しばかりあきれているかのような気持ちがにじみ出ていた。

「たとえ形が同じでも、大きさが違うために、2つの箱の特徴はまったく違うんだよ。そのことが今のきみにはわからないんだね。」

一体彼が何を言おうとしているのかつかみきれないまま
「どちらも同じ立方体だよ。」とつぶやくと
さらに彼は質問を重ねてきた。

「きみは面積とか体積とか計算できる?たとえば正方形とか立方体とか。」
「あんまり計算は得意ではないけど、それぐらいなら、たぶんできると思うよ。」

「僕の手のひらの上にある立方体の1辺の長さは10cmで、花壇の中にある立方体は1辺が40cmなんだけど、それぞれの体積はいくらになるか分かるかい?」
「その小さい方は、10cmかける10cmかける10cmで1000cm3、花壇にある方は40cmかける40cmかける40cmで64000cm3だよ。あっ、体積が違うってこと?」
体積の計算ができるかどうかを試しているだけなのかと思ってそう言うと
「大きい方が体積が大きい、そんなこと、当たり前じゃないか。」と王子さまは切り返した。

「じゃ、何が違うって言うんだい。」

「立方体は、正方形の面6つでできている。その全部の面積を表面積っていうんだけれど、その計算はできるかい?」
「そんなの簡単さ。正方形の面積は10cmかける10cmで100cm2、それが6面あるから6倍して600cm2、あっちの大きい方は40cmかける40cmで1600cm2、6倍すると9600cm2だよ。」
1600の6倍の計算に少しとまどったけど
それも何とか計算できた。

「そうその通り。では、大きい方の立方体の体積そして表面積は、小さい方の何倍になっているかわかるかい?」
「ちょっと待って、」
ベンチのすぐそばの土の上に指で計算式を書いた。

体積
小さな立方体 10×10×10=1000 cm3
大きな立方体 40×40×40=64000 cm3    64倍

表面積
小さな立方体 10×10×6=600 cm2
大きな立方体 40×40×6=9600 cm2     16倍

少しばかり時間がかかったかもしれないけど、
「体積は64倍、面積は16倍だよ。」
体積と面積を筆算で計算してから、その答えを彼に告げた。

「そうその通り、1辺の長さが4倍になると体積は64倍にもなるのに、面積は16倍にしかならない。」
どうだいというような自慢げな表情を彼がしたので

「だからなんなの。」
少しいらついた気分になりながら尋ねた。
「同じ形をしていても、大きさが違っていると、体積と表面積の関係が違ってしまう。体積が2倍になれば重さも2倍になる。この箱の重さは、ちょうど1kgなんだけど持ってみるかい。」
王子さまから手渡された箱は、ずいぶんと重く感じられた。

「結構思いね。」
「じゃあ、あの箱も持ってごらんよ。」
小さな箱を彼に返して
少し向こうにある大きめの箱を両手で挟んで持ち上げようとした。

「重い。」

「64倍の重さがあるから、64kg。君には持ち上げられないかもね。」
王子さまはさらに続けた。
「重さって体積が2倍になれば2倍になる。でも、表面積はそうはならない。この箱とあの箱とでは、重さは64倍だけど表面積は16倍。ものの大きさが大きくなったとき、重くなることに比べると、表面積はそんなに大きくならない。大きいものと小さいものとでは、重さと表面積の関係が違うんだ。」
「同じ形でも、大きさが違えば性質が違ってしまうってことだね。」
王子さまが伝えようとしていることが少しわかった気がしてきた。

「そう。あることに、ふと気がつけば、面白い。」

王子さまは、
自分自身の頭を指さしながら、そうつぶやいた。
これが王子さまの口癖だとは
この時は気づいてはいなかった。

「大きさが2倍になると、体積や重さは2×2×2で8倍になる。でも表面積は2×2の4倍にしかならない。」
もうちょっと、ゆっくり説明してもらわないと理解できないんだけど
って表情をしてみたのだけれど
無視して王子さまは説明を続けた。

「どんどん小さくなると、そのものの重さの割には表面積が大きなものになっていく、どんどん大きくなると重さの割には表面積が小さいものになっていく。だから、大きさの違いで起こっていることが違うってしまう。」
さらに王子さまは続けた。
「大きくなればなるほど、体重に比べて表面積の割合が小さくなるので、熱をにがしにくくなる。逆に小さくなればなるほど、熱が逃げやすいので、小さい体の生き物ほど、体重の割にはたくさん食べないと生きていけないんだよ。」

「大きいか、小さいか、ただ大きさが違うってことじゃないんだね。」
少し納得できた気がしてきたが
王子さまは質問さらに質問を重ねてきた。

「魔法か何かで、君が10倍ぐらいの大きさになったとしたら、どうなると思う?」
「体重は1000倍になるけど、表面積は100倍にしかならない。」
「そうだね。そして、表面積だけじゃなくて、例えば、膝の関節など、いろいろな面積も100倍にしかならない。そうすると、1000倍にもなった体重をそのままでは支えることができなくなるんだ。」
「足の太さも、骨の太さも、もっと大きくならないといけないので、このままの姿ではいられないってことだね。」
「そう、大きさの違いは、単に大きさの違いにとどまらない。」

「あることに、ふと気がつけば、面白い。だね。」
王子さまの口癖をまねて確認してみようとしたとき
王子さまは、すでに2本の木の間で消え去ろうとしていた。

火曜日 支えられている

今日も2本の木の間
一瞬の乳白色の輝きの中から王子さまが現れた。
場所もいつもの広場のいつものベンチ。
目の前には、二つの箱が重なって置かれていた。

「さて、上の箱はなぜ落ちないのだろうか?」

また今日の会話も、王子さまの訳の分からない質問から始まった。
二つの箱は少しずれて重なっていたが、
ずれ落ちるようには到底思えなかった。

「下の箱の上に乗っかっているからじゃないの?」
王子さまの目をのぞき込むようにしながら答えると
彼は質問を重ねてきた。
「じゃあ、下の箱はなぜ落ちないの?」
あまりにも当たり前すぎる質問に、

「地面の上に乗っかっているのだから、落ちないに決まっているじゃないか。」
うんざり気味に答えた。
「地面がないと落ちるの?」
王子さまが尋ねてきたので、すかさず答えた。
「地面がないと落ちるさ。」
そして少しばかり知っているということを伝えたくなった。
「すべてのものは、地球の真ん中に引っ張られているって、そう学校で習った気がする。」
ああ、今日も王子さまの授業が始まるんだなと思った。
それはそんなに、いやな気分になるものではなかった。
でも
なんだか少し学校の授業を受けているような気がした。

「上の箱は地球の真ん中に引っ張られていて、下の箱を押している。下の箱も地球の真ん中に引っ張られていて、地面を押している。下の箱と地面の間には、上の箱と下の箱の2つ分の重さの力で押し合っている。ってことだよね。」
王子さまが確認を求めてきたので
そうだと思うと答えると、
「じゃあ、下の箱がなければ、下の箱の重さはかからず、その上の箱もなければ上の箱の重さもかからないってことだよね。」
と王子さまが念押ししてきた。
「もちろん」と
そんなの当たり前じゃないかって気持ちを込めて答えた。

「あることに、ふと気がつけば、面白い。」

仕草もきっと癖なのだろう。
自分の頭を指さしながら、王子さまはそう言った。

さらに王子さまは続けた。
「自分の重さがあるから自分を支えないといけない。なければ支える必要もない。『ある』から『ある』。なければない。自分を支えるってこと、何かを支えるってことは、そういうことだよ。」
何だか分かるような分からないような
浮かない顔をしていると、ふいに風が吹いてきた。

王子さまは、
帽子が飛ばされないように抑えながら箱を指さした。
「ほら、風が箱にあたって押してるよ。」
箱は動くまいと耐えているように見えた。

「箱がなければ、ただ風が吹いているだけ。箱があるから、風が当たる。だから箱が風に押される。ある、だから、ある。なければない。何かに耐えるって、そういうことだよ。何もなければ、何にも耐える必要もない。何かあるから、何かに耐えることになる。」
「そんなふうに思ってると、あるということが、面倒な気がしててくるね。」
素直に王子さまに感想を伝えると
「面倒がらずに、あることを楽しめばいいんだよ。でも、なければないんだってことも忘れない方がいい。」
と王子さまの言葉は、どんどん訳の分からない話につながっていきそうだった。

王子さまは姿勢を正して
少し改まった感じで、あの台詞を口にした。

「あることに、ふと気がつけば、面白い。」

いつもより、わざとゆっくり話したような気がした。
ポケットの中に白いメモ帳があったのを思い出して書き留めた。

あることに、
ふと気がつけば面白い。
「あっ」
あることに気づいた。

「あることって・・・『ある』ことについて、気づくと面白いってことを言いたいんだね。」
王子さまは、やっと解ったんだね。っていうような表情を浮かべた。
「そして」
「そして?」
「僕自身はあるのか?ないのか?」
王子さまは、
大きな声のひとりごとを残して2本の木の間に消えていった。

水曜日 何でできている そして曲げてみる

まるでそこに扉があるかのように
2本の木の間の乳白色の輝きの中から王子さまは現れた。
王子さまは背丈ほどの長さの2本の棒を持っていた。
もちろん
いつもの時間、いつものベンチで、それを見ていた。

(なぜ?もちろんなどと思ったのかは分からないけど・・)

彼が右手と左手に一本ずつ手にしていた棒は、
ぱっと見たところ、どちらも同じものに思えたけれど
どうやら2つは同じものではないらしい。

「ほら、持ってごらん。」

左手に持たされた棒よりも右手で持った棒の方が
ずっしり重く感じたので
素直にその感想を伝えると王子さまはこう言った。

「右手の棒は鉄、左手の棒は木でできているんだ。」

なるほど
重さだけじゃなくて
さわり心地も違っていて
左手にある棒の方が暖かみがあるように感じられた。

それに比べると右手の棒はひんやりしていて冷たい感じ。

「同じ大きさなら、鉄のかたまりは、木のかたまりより20倍ほど重いんだよ。」
「確かにそれぐらい違うかもね。」
棒を持たされたままで、そう答えた。

「ただ形を見るだけじゃなくて、それが何でできているかって大事なことだよ。」といいながら
彼は木の棒の方を手にした。

「僕にもっと力があれば引きちぎれるんだけどね」と言いながら
両手で引っ張るような格好をして見せた。

(実際に思いっきり引っ張っているようには見えた。)

でも、どうやらちぎれる気配はない。
これが、そっちの鉄の棒なら、なおさらちぎれることはない。
「木の棒をちぎる10倍ぐらいの力で引っ張らないとちぎれないんだよ。」
王子さまは話をしながら大きな石の上に木の棒をおいて
一方の端っこに大きな石をのせていた。
そして、もう一方の端に上から力をかけたみたいだった。

ボキッツ、ミシッ、
っていうような音がして
木は真ん中の石の上あたりで折れた。

「曲げる力をかけると、引っ張ってもちぎれなかった木を折ることができる。」
「こっちの鉄の棒も折れるの?」
「10倍ほどの大きな力をかけないとだめだけど、曲げることができるよ。」
王子さまは教えてくれた。

「木でも鉄でも、引っ張った時には、ちぎれないように棒の中全体で頑張っているんだけど、曲げようとしたときには違うことが起こっている。」
といいながら、彼は自分の体を曲げて見せた。
「こうやって曲げると・・・」 と少し息苦しそうにしながら
「曲げたカーブの外側は引っ張られていて、曲げたカーブの内側は押されているんだ。」と説明してくれた。

体を戻して話しやすくなった彼はさらに続けた。
「曲げたときには、外側と内側に大きな負担がかかって、真ん中にはあんまり負担がかからないんだ。なので、曲げたときには、大きな負担がかかる、外側や内側がだめになって折れてしまうだよ。」
「そういえば、棒をちぎったことはないけど、ポキッと折ったことはあるよ。」

「あることに、ふと気がつけば、面白い。」
王子さまのいつもの台詞だ。

「材料が違えば、どれだけの力でちぎれるのか、折れるのか、その力の大きさが違ってくる。そして・・・」
「そして?」
「材料が同じ棒でも、引っ張ってちぎることは大変なんだけど、曲げて折ることは楽にできたりもする。」
さらに王子さまの説明は続いた。
「そうだ。長い棒を押すときには、曲がることを考えないといけないってことも見せてあげるよ。」
話をしながら
今度は鉄の棒を地面に立てた状態にして
いつの間にか王子さまは太い木の枝の上にまたがって
そこから大きな石をを棒のてっぺんに載せようとしていた。

「曲がらなさそうな鉄の棒に、この石を載せてみるよ。」
と言いながら
彼はそっと石から手を離した。
音もなく鉄の棒が大きく曲がった。
石が落っこちないように
すぐに彼は石をつかんだ。

「同じ材料でも、引っ張るのと押すのとでは、まったく違うことが起こるんだよ。押す力がかかる時には、単に押されて縮むのではなくて、こんな風に曲がってしまうこともあるんだよ。」
目の前で見せてくれたおかげで何だか納得できた。
「押すことと引くことでも、その時に起こることがまったく違うなんて、ふと気がつけば面白いって気がするよ。」
そう言いながら本当に少しばかり面白いなと思っていた。

いつの間にか

王子さまは右手に鉄、左手に木の棒を手にしていた。
もちろん初めに持って現れたときとは違って
鉄の棒は弓のように曲がっていて
木の棒は真ん中あたりですでに折れていたけれど。

「何でできているか、どういう力がかかるのか、何が起こるかは、そういうことで違ってくる。いろいろなことに、ふと気がつけば、いろいろなことが、もっと面白く見えてくるよ。」

確かにそうだと思って
王子さまに質問なのか質問でないのか
あいまいな言葉を投げかけてみた。

「いろいろなことが解ってくると、ただ見ていても見えないものが、見えてくるっていうことなんだね?」

王子さまはそれに答える間もなく
2本の木の間の乳白色の輝きの中に消えていった。

木曜日 かたちの意味

今日の王子さまは1本の棒を手にしていた。
いつもの時間のいつもの場所って説明はもうしないことにしよう。
その棒は昨日の棒とは違って
切り口の形が長方形だってことは、少し離れていても分かった。

「この棒の断面は長方形で、曲がりやすい向きと曲がりにくい向きがあるんだよ。」
王子さまは唐突にそう言った。
そして、その棒を少し曲げて見せた。
「こうするのと、こうするのとでは曲がりにくさが違う。君も試してごらん。」

言われるがままに曲げてみると確かに違う。
縦長にして曲げた方が、横長にして曲げたときより
曲がりにくい。

「同じ棒でも、向きによって曲がりにくさが違う。縦に長い方が曲がりにくくなるんだよ。」
彼は少々息苦しそうにしながら
また昨日そうしたのと同じように自分の体を曲げて見せた。

(ん? 同じじゃないかも、右と左が違うかも)

「こうやって曲げると、曲がるカーブの外側が引っ張られていて、内側が押されているんだけど、真ん中あたりにはあまり負担がかかってない。」
体を戻して王子さまは説明を続けた。
「真ん中から遠ざかったところほど、曲げに対して頑張るので、縦長の方が曲がりにくくなるんだよ。」

「材料が同じでも、切り口の太さが同じでも、縦長にするか横長にするかで曲がりにくいのか、曲がりやすいのか、違うってことだね。」
王子さまの説明に納得して
そう確認すると
王子さまは大きくうなづいて補足してくれた。
「材料は、使い方しだい。ちょっとしたことを知っているか知らないかで、うまくいくか、いかないかが決まるんだよ。」

「あることに、ふと気がつけば、面白い。だね。」
「そう、その通りだよ。」

風が吹いた。
目の前にある木が揺れている。
強い風に木が曲がる。
倒れないように頑張っている。
体を曲げて説明してくれていた彼の姿が、
風で曲がっている木の姿に重なって見えた。

「あることに、ふと気がつけば、面白い。」

ひとり言のようにつぶやいてみたときには、
すでに王子さまの姿はなかった。

しっかり見ていなかったので
どうして消えたのかはわからない。
木の間の乳白色に輝く扉の中に消えたのか
強い風に吹き飛ばされるようにして消えたのか
まったく確認することができなかった。

金曜日  いろいろなもの

今日の王子さまは青色と黄色の二つの箱を持っていた。
(もう、乳白色に輝く扉から現れたっていう説明はしない。)

「これどっちも木の箱。重さも同じ、形も同じなんだ。」
見た目がまったく異なる箱を持って王子さまはそう言った。

「でも、色が違うよ。」
何か質問してくるだろうその前にすかさずそう指摘した。
「そう、まったく同じものなのに、色だけが違う。色が違えば、こんなにも違って見える。」
「それって、印象が違うってことなのかなあ。」
あやふやに王子さまに尋ねるかのような口調でつぶやいてみた。

「同じものなのに、色が違うだけで、全然違ったものに見える。」
王子さまは、不思議だろっ?ていう表情を浮かべて、そう言った。

「そうか、色が違うということは、見え方が違うってことか。」
なんだか、訳の分からなそうな話に素直に納得できる気がした。
色については少しばかり知っていたので説明を足してみた。

「色が違えば、見た目の印象が変わる。それだけじゃなくて、色によって光を吸収する度合いが違う。例えば、白っぽい色は多くの光を反射させるし、黒っぽい色はほとんどの色を吸収するということを聞いたことがあるよ。」

王子さまは、あれっ、知ってるの?って感じの表情をしながら
「そう、そのとおり。そもそも光の反射の違いによって色が異なって見えているからね。」
と言ったあと、さらに色が自由であるという話が続いた。
「より多くの熱を吸収して、黒い方が熱くなりやすいというような色による違いはあるけれど、少なくとも色には重さがない。なので、色は、重力から自由なんだ。」

「色には重さがない?」
改めて発見したような気がして
質問したいのか?
それとも納得したことを伝えたいのか?
自分でも判らぬままにそうつぶやいてしまっていた。
あいまいなそのつぶやきを気にする様子もなく
王子さま自身も答えを持ち合わせていない雰囲気で
質問らしからぬ独り言をつぶやいていた。

「そう、でも見た目の印象はある。重さを感じさせたり、させなかったり、色によって違って見える。さて、こんなにも自由な色をどう使っていけばいいのか?」
質問なのかわからないけど、答えてみることにした。
「どうにでも使っていけるという気がするね。」
その感想めいた言葉には満足しないようで
王子さまは、さらに質問を重ねてきた。

「どうにでも?まったくのデタラメでもいいってこと?」

「そうは思わないけど、材料にも重さにも形にも関係なく、自由に選べる色って、ほぼ何でもありな気がするけど・・・」
自信があったわけではないけど何となく色って自由に使って良い気がしたので、そう答えた。

「何でもありなようなものを、どう使うのか?その使い方が、試されるって気がしないかい?何でもありな気がするからこそ、難しい。」

王子さまの言っていることが訳が分からなすぎて
何をどうまとめて話せば良いのか悩ましいのだけれど
それでも何となくそう思えたので
「自由なものこそ難しい。そこに、ふと気がつけば、面白いね。」という感想を伝えた。

王子さまは、その感想に同意してくれたみたいで
そうそのとおり
悩ましいよねって感じのポーズをしながら
いつもの乳白色に輝く扉の中に、あっという間に消えていった。

王子さまが消え去ったあと
王子さまが質問する声だけが聞こえてきた。

「色は、あるもの?ないもの?」

土曜日 いつからいつまで

2本の木の間から現れた王子さまが近づいてきて、
「ちょっと質問してもいいかなあ?」
いつもの広場のベンチの前に現れた王子さまは、
今さらながら許可を得るかのように尋ねてきた。
どうせ、また、変な質問をしてくるに違いない。
「いいよ。」と覚悟を決めて質問を待った。
質問は予想を超えて妙なものだった。

「今はいつから、いつまでなんだろうか?」

形のことや色のことなど
いろいろ考えせられてきたけれど
今日はとうとつに「今」のことを聞いてきた。

「今の今は、ベンチに座っている今だよ。」

(ひょっとすると夢か何かを見ている今かも?と思いつつ)
すぐさまそう答えた。

「なるほどね。」

王子さまは、その答えに納得したのかしなかったのか
はっきりしないまま、さらに質問を重ねてきた。

「前に、『ある』から『ある』って言ったかと思うけど、いったい、いつまで、いろいろなものは、あればいいんだろうか?」
あまりにも質問の訳が分からなさすぎて
どう答えてよいのかも分からない。
彼は質問を重ねてきた。

「君は、いつからいつまで、ここにいるの?」
「それは・・・家に帰るまでは、ここにいるよ。」
「いやいや、この広場にってことじゃなくって、この世の中ってことだよ。」
「いつまで、この世に?それは死んでなくなっちゃうまでかなあ。」
「そうすると、今生きていますって言おうとすると、死ぬまでの間、ずっと今ってことになるよね。」
「そうなるかなあ。」

半信半疑でいると王子さまはさらに話を続けた。
「今、このとき、って言おうとすると、このときの間がずっと今なんだよ。」

「それって、あることに、ふと気がつけば、面白い。こと?」

「面白いでしょ。あるものがいつからいつまであるか?っていうことは、あるものがあるとき、そのものがあるとき、そのものの今が、いつからいつまでかということによって決まるんだよ。」
そう言いながら、王子さまは、ベンチの横に並ぶようにして座った。

「こうしていても、君の今と僕の今は違っているんだ。いつからいつまであるかって話は、それぞれのものの今がいつからいつまでかということによって決まる。それはそれぞれなので、そもそも、あるってこと自体、あるのか、ないのか、それすら分からない。」
「面白いっていうより、何が何だか、分からないって感じだけど。」

「だって自分自身が、今、ここにいるってことすら、はっきりした理由を説明できないからね。すべては、いろいろなときの中に包まれている。」
そう言っていた隣にいたはずの王子さまの姿は、もう。そこにはなかった。

そして、巡ってきた日曜日 想いのかたち

「いろいろな想いが形になる。本当に想いが形になるんだろうか?」
また、王子さまの不可思議なつぶやきから始まった。

「想いは、心の中にあり、形は目の前にある。想いを目の前にあるものにすると形になる。」
「想いを形にするってどういうこと?」
質問しながら
自分自身が建築やデザインってことに興味を持っていて
あれやこれやと考えるようになっていたことを思い出していた。

だから、
王子さまとの妙な会話をしている夢を見ているのかもしれない。
そう思えて、ちょっと納得した気持ちになっていた。

「君は、どんな想いを形にしたいんだい?」
こちらが質問したはずなのに
それには答えることなく、王子さまが聞いてきた。

「君が形にしたい、想いって何?」
「分からないよ。形になっていないのだから、その想いを形で示せない。」
そう言いながら、自分が訳の分からないことを言っていることに気づいた。

「想いが先なの?形が先なの?」
王子さまに、そう聞いてみた。

「面白いでしょ。」

そう答えた王子さまの顔がいつも以上に輝いているように思えた。
王子さまは、はずむような声で次のようにつけ加えた。

「そう、そのへんのことに気づけば、ますます面白くなってくる。」

「形は、あるのか、ないのか?」
そのつぶやきに王子さまは、答えてはくれなかった。

「その答えは、君自身が考え続けることだよ。」

今日も王子さまは、いつものように2本の木の間へと向かっていった。

でも、今日は、その木の間が乳白色に輝くことはなかった。

王子さまは、さらに木の間の向こうの方へ歩いて行った。
その姿が遠くに行くほど、どんどん小さくなっていった。

「その答えは、これから、ずっと、ずっと考え続けることだよ。」

あまりに遠くにいる王子様のささやきが
聞こえるはずもないのに聞こえてきた。
その声を残しつつ王子さまの姿がどんどん小さくなっていく。

王子さまが何度も乳白色の輝きの中から現れて、
乳白色の輝きの中に消えていったことは、
すべて夢の中のできことかもしれない。

ふと、そう思えてきた。

もし、そうだとすると
遠ざかっていく王子さまを見送っている今も
夢の中なのかもしれない。

王子さまに最初に出会った時のことが少しずつ思い出せてきた。
「ドーナツの味はどうだった?」
手にしていた空っぽの紙袋を見つめながら
ドーナッツ、食べ終わったんだっけ?と
すぐさま何をしていたかを思い出せないでいると

「ドーナツを食べると、どうして穴がなくなってしまうのか、今、僕が話したことを覚えてる?」と王子さまが尋ねてきた。

彼、空の王子さまに
納得のいく説明をしてもらったように思えるのに
話の内容がすぐに思い出せない。
あの日もすぐに思い出せなかったということが思い出されてきた。

「あることに、ふと気がつけば、面白い。ドーナツを食べるとドーナツの穴は、なぜ、なくなるんだっけ?」

ずいぶん前に聞いた気がしていた話が、
今、聞いたばかりの話であるかのように思い起こせてきた。

「『そら』という漢字は書けるよね。空は、『そら』とも読めるけど、『から』とも『くう』とも読める。」
姿は見えないけれど、王子さまの声が夢の中で聞こえてきた。

「何となくだけど、会ったときから、君を『そら』の王子さまだと思い、『空の王子さま』と心の中で呼んできたんだけど、もしかすると、君は『そら』の王子さまじゃないの?」

「もしかして・・・」

「『くう』の王子さまなの?」
夢の中の闇に向かって大きな声で尋ねた。
返事は何もなかった。

もし

そうであったのだとすれば
この本のタイトルは「そらのおうじさま」じゃなくて
「くうのおうじさま」だったんだね。
夢の中でそう思った。

そう思った直後に目が覚めた。

うとうと眠ってしまってから、
どれぐらいたったのだろうか。
今日は何曜日?
今日は日曜日。

この1週間、毎日、ここに来て、彼の夢を見ていたんだろうか?
今日は何曜日?
今日は日曜日。

あれから1週間たったのか?

それとも
この短い時間のあいだに
1週間、毎日、この広場に来て
王子さまと会っていたという夢を見ていたんだろうか?

毎日夢を見ていたという夢を見ていた?

ないものがあったり
あるからあるなんて話を聞いたり
夢なのか夢でないのかはともかく

「いろいろなこと、あることを考えさせられてしまった。」

そうじゃなくて

「ないことを考えさせられた?」

どっちにしろ・・・

「どっちにしろ、いろいろ考えたことは確かだよ。」
ふと、王子さまの声が聞こえた気がした。

「王子さま、ありがとう。」

『そら』でも『くう』でも、どっちでもいい。

夢か夢でないかも
それほど大事なことではなさそうに思えて
何となく宙に向かってお礼を言った。

「いろいろ気づけて、面白かったよ。ありがとう。」

「・・・・・・・」

耳の奥の方から、また彼の声が聞こえた気がした。
いや
その声があったのか
なかったのか
それすら分からない。

ベンチの座っている横には、白い小さな袋とメモ帳があった。
(そこは前に王子さまが座った場所であるような気がする。)
白い袋の中には砂糖にまみれた食べかけのドーナツが一つ
一つじゃない、半分だけ入っていた。

「あれっ、まだ食べてなかったんだ。」

そして・・
メモ帳には
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あることに、ふと気がつけば、面白い。

とりあえずドーナツの残りの半分を食べるとしよう。

 

『ある』こと『ない』こと、考えてみれば、面白い。

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