「しくみをみよう」構造目線

絵空ごと , 創作物語

自分の殻(超短編)

おそらく完成させることができた。

シェル構造という構造形式は、自然界の中で多く存在している。
卵の殻、貝殻、木の実や蟹の甲羅など、薄くて堅い素材が立体的な形状を保つことにより、軽くて丈夫なものになっている。
複雑な形状であるため、構造計算して応力の分布を正確に求めることは、かつては手間がかかって大変だった。
しかしながら、自然界に多く存在している形であるため、その形成プロセスをなぞって、その形を作るという設計法が登場してからは、簡単に3Dプリンタを活用して、さまざまなシェル構造物を作ることができようになった。
遺伝子情報を活用する設計プロセスが確立されたおかげである。
この方法で設計すると、できあがったものは単に形だけをまねたものではなく、堅い素材で生成するとしっかりと強度も持ったものとして仕上がるのである。

自分の殻に閉じこもる。
文字どおり、そういう殻が欲しかった。
好きな場所で好きな時に、自分の殻に閉じこもることが、研究を始めるずっと前からのだった。
その自分の殻を、たった今、おそらくは完成させることができた。

50cm四方で厚さが15cmほどの直方体の板に、3Dプリンタとプログラミングされたコンピュータ、殻の素材がすべて納めた。この板の上にしゃがんだ状態で、板のコーナー部分にあるスタートボタンを押すと下から徐々に胡桃の実のような複雑な形状をした殻が生成されてゆく。
内部の直径は180cmちょっとになるので、私自身の身長であれば、立つこともできるし、内側の殻にそって寝そべったりもできる。
立った状態で、腰、胸、肩、そして頭の上を越えて、てっぺんの空隙が徐々に狭まり、すべてが埋まった時、殻が完成する。
素材は光の透過性がある乳白色なので、明るい部屋や屋外であれば、内部はうっすら明るい感じで、ことさら照明器具を用意しなくても読書もできるし、タブレットPCなど1台あれば、とにかく自分の殻に閉じこもったまま、集中していろいろなことができる。
こういう殻に閉じこもって思索にふけることが、とにかく自分の夢だった。

この殻は、完全なシェル構造であるため、窓や出入り口といった開口部は設けていない。
いわば使い捨てのものとして、不要になったときには、割って出ることになっている。
シェル構造は、バランス良く設計されているため、全体的に力が加わっても簡単に壊れることはない。
しかし、集中的に力を加えるとその部分からひび割れて破壊する。
先のとがったハンマーでたたいてひび割れさせると、殻が割れて外に出られる。
ひよこが卵からふ化するようなものだ。この殻を割って出るという行為も楽しみである。ひよこが生まれ出るときの感覚を味わえるかもしれない。

ああ、それなのに、完成したと思ったうれしさのあまり、手ぶらでスイッチを押してしまった。
ハンマーは研究室の窓際の机の上、そこに置きっ放しにしていた。

おそらく完成させることができた。
でも、その自分の殻の姿を、外から見ることが、未だにできていない。

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