「しくみをみよう」構造目線

絵空ごと , 創作物語

ある球に包まれた世界(超短編)

「くっついて話をするのは、久しぶりだね。」
「いつもリアルタイムでやり取りしているから、懐かしい感じはぜんぜんしないけどね。」

お互いを包み込んでいる膜どうしが触れているだけで、くっつくといっても、身体そのものが接触しているわけではない。
ただ、膜どうしが触れているために、お互いの声が直に振動して伝わることが、普段のコミュニケーションと異なる。

「昨日の地震の揺れ、結構大きかったねえ。」
「津波の高さもかなりあったらしいよ。」
「一瞬、いつも以上に浮いた感じがしたけど、昔の建物があった時代だと、結構な被害になったかもね。」
「人が、建物の中で生活していた時代があるなんて、記録映像では観るけど、今じゃ考えられないよね。」
「あんな堅いものの中にいて、人が守られているなんて思っていたことが信じられない。」
「それどころか、高層の建物の塊の中で1000人以上の人が暮らしていたそうだし、なおさら信じられない。」
「とにかく、服なんてものを着ただけで外を出歩いたりもしてたしね。」
「わざわざ自動車なるものに乗って移動したりもしてたしね。」
「電車や飛行機なんてものに、多くの人が乗り合わせて一緒に移動していたなんて、いったいどういう気分だったんだろうね。」
「家と自動車が融合することが革新的だと考えられた時代もあったみたいだしね。」
「そもそも、人が人として生きるという考え方が未熟で、まだまだ動物的な感覚が強かったんだろうね。」
「地震、津波、台風、洪水、大気汚染、数知れない自然災害や環境の変化にまったく無力だったなんて、想像しただけでも怖いよ。」

すべての人は、シャボン玉のような球体に包まれている。
透明、半透明、不透明、膜の状態は自由にコントロールできる。
すべての人は仮想空間での通信網でつながっていて、誰とも接触することなく、すべてとつながっている。
必要な情報はすべて膜の中にいて得られるし、食と健康は膜を通して完全なるサービスが得られることになっている。

「縛られるものは何もなく、膜の中にいる限りは安全が保証されていて、触れ合いたくなれば、自由に移動して膜どうしを接触させればよい。」
「こういった自由のない動物的社会があったことが信じられないけど、その動物的社会の中で生み出された技術によって、今の世界ができたのだと思うと、サバイバル状態で一生懸命生きていてくれた先祖に感謝するしかないよね。」
「今じゃ、産まれて死ぬまで、この安楽な状態でいられるものね。」

膜どうしの接触により受精卵を生み出し、その受精卵が新たな膜の中に挿入される。
その膜の中で受精卵は卵割して人となり、成長して、その中で死を迎える。
死を迎えた人が入っていた膜は、生命が停止状態となったと同時に分子レベルに自動的に分解されて消滅する。

「かつては、母親の体内から産まれ出て、外的環境の中で人は生きていたらしいけど、今考えると極めて危険な恐ろしいことだよね。」
「まったく、外で生きていたなんて、想像もできないよ。」
「そういえば、この膜の名前って、女性の臓器の名前が由来だって知ってた?」
「何かの球体だからという意味じゃなかったの?」
「なんだ、やっぱり知らなかったんだ。この膜がシキュウと呼ばれる由来を」

ーーーーー

関連記事