「しくみをみよう」構造目線

創作物語 , 絵空ごと

究極の構造設計者(超短編)

私はかつて、当時、世界一の高さを誇ったあの電波塔の構造設計に関わった。
これだけの広さの競技場にこんな形の屋根を架けることができるのかと世界的に注目を集めたスタジアムの構造設計チームのメンバーでもあった。
また、一つの建物の中に一つの街をすべて組み込んでしまうという巨大プロジェクトにも、その建物を実現させる構造設計者として関わった。
コンピュータの構造計算ソフトで複雑なシミュレーションができるようになったおかげでもあるが、こんな形の建物もできるのかと思われるような、その形だけで注目を浴びるような建物の構造設計を数多く行い、あまりにも多すぎて今さらそれを数える気にもならない。

そんな私は、今、究極の構造設計者として、ここにいる。
本質を見極めて、考えに考え抜いた末にここに至った。

建物に加わる力のことを荷重と呼ぶ。
建物の構造設計を行う際には、建物に加わるさまざまな荷重に対して、変形しすぎることなく、壊れることなく存在し続けることを確認しなければならない。
構造設計者は、さまざまな荷重に対するシミュレーションを行わなければならないのである。

この国では、地震を避けて考えるわけにはいかない。
地震荷重の正体は、地面の揺れに対して建物がそのまま止まり続けようとする慣性力である。
地面から浮き上がらせるなどの工法もあるが、究極的には、建物の重さがなければ地震荷重は加わらないのである。
重さのない建物、これこそが目指す理想である。

建物は、台風などの強い風に対しても抵抗しなければならない。
風は壁に当たって、その壁に圧力が加わる。
それが風荷重である。実は、この風荷重、そもそも風を遮るものがなければ、まったく気にする必要はない。
遮る壁もなく、吹き上げられるような屋根もなければ風荷重が加わることはない。
これこそが目指す理想である。

この国の中では、地域によっては冬に大雪が積もることもある。
雪荷重としてそれに耐える屋根、それを支える柱を構造設計しなければならない。
でも、それは雪が積もる屋根がある場合の話である。
雪が降っても、その建物に雪が積もるような屋根がなければ、それこそが理想である。

地震や台風や大雪、そういうものに対応するより何よりも、建物はそのもの自体を支えなければならない。
それを固定荷重と呼ぶ。
建物自体、そもそも、建物そのものの重さがなければ、固定荷重からも解放される。
それこそが理想である。
これら理想を突き詰めていくと、あらゆる荷重から解放された究極の構造設計をすることができる。
それって結局何もないということではないかと思われる方がいらっしゃるかもしれない。
でも、そもそも建物が作り上げる空間というものは、『空』は何もないということを意味するし、『間』も何もない、あいだということ。
そもそも何もないものを創ることこそが、究極の構造設計にふさわしいものと言える。
私が導き出した結論は、理想の極みに他ならない。

もう一つ、忘れてはならない荷重がある。積載荷重だ。
建物の中の人や物の重さが積載荷重である。
建物の中のあらゆるものを徹底的になくしていけば積載荷重は減らせる。
何もないようにすれば積載荷重はなくなる。ものをなくすと同時に、人もなくさないといけない。
そもそも人そのものが空間を占有し、エネルギーを生み出している存在であるため、これをゼロにしなければならない。
そして、これをなくしたときに究極の構造設計を成し遂げることができる。

そして、今、私は、究極の構造設計者として、自身が見極めたこのプロジェクトを成功させるに至ったのである。
さて、ここに至って、解くべき難問はただ一つ、すべての存在を消し去った私は、一体どうやってこの記録を書き残せているのかという点にある。

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