「しくみをみよう」構造目線

「うけとめていく」デザイン

「うけとめていく」べき、社会的共通資本

参考図書:社会的共通資本 宇沢弘文 岩波新書696 2000年

 100年以上前にソースティン・ウェブレンが唱えた社会的共通資本の考え方が、これからの社会の展望を開くために有用であることが宇沢によって論考されている。 示されているジャンルは、農業、都市、教育、医療、金融、そして地球環境と多岐にわたる。それらすべては広い意味での環境を意味するとされており、『社会にとってきわめて「大切な」ものである。』と宇沢は記している。

 「うけとめていく」デザインの受け止める対象は、まさしくこの「社会的共通資本」であるといえる。ジョンスチュアート・ミルの『経済学原理』で説明されている定常状態の理想的な姿が実際に有効に適用できるかどうか、1848年以来、経済理論の分野で重要な問題となってきたと、宇沢は述べている。また宇沢は、『人やものの移動がきわめて限定的されているため』に伝統的社会では必然的に『自然資源の利用にかんする社会的規範をつくり出してきた。』ことを論述している。

 以下に「社会的共通資本」で宇沢が述べていることを抜粋すると、農について『農の営みというとき、それは経済的、産業的範疇としての農業をはるかに超えて、すぐれて人間的、社会的、文化的、自然的な意味をもつ。』と記し『農の営みをたんに農作物の農作物の生産に限定せず』に外延的拡大をする取り組みの事例を紹介している。また、都市については、ジェーン・ジェイコブズの考え方がこれからの都市のあり方に対する重要な示唆であると述べている。その第二法則には『再開発にさいして古い建物ができるだけ多く残るように配慮しなければならない』とある。教育については『知識の探求、他の実利的、実用的な目的から全く独立して、知識の探求のみをおこなう場として、大学の本来の存在理由がある。』として、アメリカやイギリスの実情についての問題点を指摘して、さらに『日本の大学における自主性、主体性の喪失は、新しい教育行政のプログラムが実行に移されるとともにいっそう、深刻な事態になってきた。』と危惧の念を述べている。医療については『社会的共通資本としての医療制度を考えるとき、短期的にも、長期的にもいわゆる独立採算の原則は妥当しない。医学的最適性と経済的最適性とが一致するためには、その差を社会的に補填しなければならないからである。』と締めくくっている。金融制度の章の締めくくりの段落には『社会的共通資本は決して国家の統治機構の一部として官僚的に管理されたり、また利潤追求の対象として市場的な条件によってのみ左右されてはならない。』と断言している。

 人口の偏り、エネルギー確保、地球温暖化に伴う気象変動などの問題をかかえる今の社会は、伝統的社会で必然的に行われてきたことが成立しない状況にあり、「うけとめていく」べき社会的共通資本が「うけとめがたい」ものとなっている。経済的、産業的、実利的、官僚的な枠組みに収めて考えるのではなく、人間的、社会的、文化的、自然的な枠組みに拡げて社会全体をとらえていくことが必要なのだと考えられる。そういう広い枠組みで考えることが「うけとめていく」デザインの根幹になる。

「うけとめていく」デザインをキーワードにして、考えていることを少しずつ記述していきます。
その前書きはこちら→ 試論:「うけとめていく」デザイン

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